地理情報システム学会 国際シンポジウム
『初等・中等教育における地理情報システム(GIS)の可能性』


【日時】平成14年12月14日(土)
【会場】名古屋都市センター 大研修室(名古屋市中区金山町一丁目1番1号金山南ビル内11F)
    案内図:http://www.nui.or.jp/gaiyou/gai_f3.htm
【主催】地理情報システム学会
【後援】日本地理教育学会名古屋地理学会愛知県教育委員会名古屋市教育委員会

当日のプログラム

10:30 開会 国際シンポジウム趣旨説明
碓井 照子(奈良大学 GIS学会会長)
第一部 学校教育におけるGIS導入事例の紹介
10:40 地理教育におけるGISの意義
大関 泰宏(岐阜大学)
11:05 中高生が学ぶGISの基礎−地図データと属性データ−
佐藤 俊樹(名古屋大学教育学部附属中・高等学校)
11:30 昼休み
12:30 空間の情報を科学する地理学習−GISを用いた地図教育の実践−
太田 弘(慶應義塾普通部)
12:55 中学校地理的分野におけるGISの活用−「規模の異なる調査」単元の実践を通して−
福田 英樹(埼玉県飯能市立加治中学校)
第二部 GIS教育サポートの動き
13:20 GISソフトウエア会社によるGIS教育サポート
奥山 俊一(ESRIジャパン)
13:45 インターネットWebサイトを用いたGIS教育の試み
高橋 昭子(東京大学空間情報科学研究センター)
14:10 休憩
第三部 招待講演 海外の事例紹介(通訳あり)
14:20 K-12 GIS Education in the United States: Current Conditions and Challenges for the Future
(米国の初等・中等教育におけるGIS教育の現状と未来)
サラ・ベドナルズ(テキサスA&M大学・米国地理学会評議員)
第四部 討論と質疑
15:20 討論「GIS教育のために何をすべきか?」
司会:井田仁康(筑波大学)
ロバート・ベドナルズ(テキサスA&M大学)ほか
16:30 閉会

シンポジウム概要

初等・中等教育における地理情報システム(GIS)の普及を目指した試みや催しはこれまでにもなされてきた。しかし,そうした場での議論では,必ずしも将来の試みへつながる新たな道を見つけだすところまで辿り着けなかった。いつもコストや人的資源の大きな壁にぶつかってしまい,学校での授業やカリキュラムのあり方まで具体的に踏み込めなかった。本シンポジウムでは,過去の催しが抱えてきた課題をわずかとはいえ乗り越えることに成功した。

■第一部 学校教育におけるGIS導入事例の紹介■

まず,大関泰宏氏(『地理教育におけるGISの意義』)から,初等・中等教育にGISを導入する意義を大きな枠組みを解説いただき,続いて3つの注目すべき事例をご紹介いただいた。佐藤俊樹氏(『中高生が学ぶGISの基礎−地図データと属性データ− 』)からは国立大学附属の中学・高校における事例を, 太田弘氏(『空間の情報を科学する地理学習−GISを用いた地図教育の実践− 』)からは私立中学校における事例を,そして福田英樹氏(『中学校地理的分野におけるGISの活用−「規模の異なる調査」単元の実践を通して− 』)からは公立中学校における事例を,それぞれご紹介いただいた。

これらの解説と事例紹介から,初等・中等教育におけるGISは,指導要領が掲げる「見方・考え方」の教育を効果的に進めることのできるシステムであることが確認された。GIS=地理情報に関する教育のシステム,と広く解釈することを推奨する声もあった。

GIS導入のメリットとしては,たとえば,
(1)生徒が自ら考える能動的学習の実現
(2)地理・英語・情報・総合的学習など横断的教育の実現
(3)デジカメ画像の利用など紙媒体でできない学習への広がり
(4)作業時間の短縮(紙の地図を活用した実践より,半分程度に減少したという報告があった)
などが報告された。また,GISがそもそも情報化時代に必須の道具であることを主張する声もあった。すなわち,GISとは市民が生活の場の環境を知る「しくみ」であり,社会に参加する「手法」であるとする考えである。そう考えると,GISはもはや教育上のメリットを検討すべき対象ではなく,社会に生きる一人一人が習得すべきものであり,だからこそ,初等・中等教育で必ず教えるべきとの結論に至る。

一方で,GISを導入する際の懸念についても触れられ,そのうちのいくつかについては興味深い報告がなされた。たとえば,
(1)教育用GISソフトの有効性が十分確認された
(2)GIS初心者の教師がGISを習得する難しさはほとんどない
(3)中学生がGISの基本的操作を習得することは難しいことでない(95%以上の生徒が30分程度で操作を習得した,という報告があった)
(4)中学生がGISの基本的概念を理解することは難しいことでない(地図データと属性統計データとの結びつき,さらにはそれを踏まえた主題図描画の考え方は,よく理解される)
などである。また,生徒たちが使用したGISソフトの仕様に強く影響される傾向も報告されており,教育用GISソフトの作り方が大きな問題であることも確認された。

■第二部 GIS教育サポートの動き■

つぎに,奥山俊一氏(GISソフトウエア会社によるGIS教育サポート)と高橋昭子氏(インターネットWebサイトを用いたGIS教育の試み)の両氏から,小中高校の外から初等・中等教育におけるGIS導入をサポートしていこうとする動きについてご紹介いただいた。

両氏のお話から,初等・中等教育におけるGISの導入には,外からの支援体制が益々大切であることが確認された。しかし,一方でわが国における支援体制はまだ萌芽的段階にあることもわかった。たとえば,高橋氏が運営するGIS掲示板ウェブサイト「てくてくGIS」は,初等・中等教育向けの版がぜひ欲しいとの印象を強く与えたものの,一方でそれを実現する手続きが懸案のままとなった。とはいえ,こうした将来向かうべき方向が示された意義は大きく,当日ご参加いただいた民間の方々から「参考になった」「大変,おもしろかった」という好意的なコメントにつながった。

■第三部 招待講演 海外の事例紹介■

海外における教育へのGIS普及はどうなのか。このシンポジウムでは,テキサスA&M大学からサラ・ベドナルズ氏をお招きし,GISの導入が進む米国の初等・中等教育(:K12)をめぐる現状をご紹介いただいた。

まず,わが国の事例紹介を通じて主張された考え方と共通している点があったのが興味深い。すなわち,GISを社会の一人一人が生活する上でのスキルを植えつける技術であるとみなす考えである。GISは,空間的に考えて学ぶ機会を与え,生徒たちが生活する世界についての知識や市民としてのスキルを植えつけ,社会において責任ある構成員となる機会を提供している,というのである。こうした考え方を前提にするとき,GISは学校教育での導入が必須の技術となる。

米国では,地理教育に関する枠組みが確立している。その枠組みは,5段階のプロセスから構成される地理的調査と4つのスキルから構成される空間的思考から成る。調査の5段階プロセスとは,
(1)地理的な問題を掲げ,
(2)地理的な情報を習得して,
(3)地理データを見つけて,
(4)情報を分析し,
(5)問題に答えを出し,かつ,新しい地理的知識に基づいて行動する。
であり,GISを活用する授業計画の多くがこのプロセスに従っている。次に空間的思考の4つのスキルとは,
(1)場所を認識するスキル,
(2)パターンを見つけるスキル,
(3)関係を見いだすスキル,
(4)観察と研究とを結びつけるスキル,
である。

この地理教育の枠組みとGISの持つ力とは一致しており,米国では,そのことが浸透した段階にある。実際,GISは地理学や科学および技術における国家的教育目標をサポートしている。しかし,そうした事実は一朝一夕に達成されたわけではなく,GISの広まりは必ずしも急激なものでなかった。そうした米国における過去から得られた教訓は,以下のとおりである。
(1)技術の変化をツールに実践するには時間がかかる。
(2)すべての教師が同じ方法を学ぶわけではない。
(3)互いにサポートしあうことがGIS教育者のコミュニティを作ることにつながる。
(4)教師たちは,GISを使ってどのように教えれば良いのか,明確な指導を必要としている。
(5)教師たちが自らの教育に新しいアイデアを導入していくためにかけてきた時間と努力が実を結ぶには,上司や保護者ならびに生徒たち―すなわち,教育システム全体―からのサポートが必要である。そうしたサポートがない場合,教師たちはやる気をそがれて,教育方法の刷新を続けなくなってしまう。

■討論「GIS教育のために何をすべきか?」■

最後に,会場にお集まりの方々すべてにご参加いただいて討論を行った。また,この討論には,テキサスA&M大学のロバート・ベドナルズ氏にもご参加いただいた。以下,討論の内容を簡単に紹介する。

1.コストの問題について

GIS導入のコストは常に課題としてあがる。これに対し,最近,無料ソフトも登場し環境が変化しつつあるとの意見が出された。ソフトウエアにとどまらずデータについても,国土交通省をはじめ行政側からの無料提供が期待できる。それを可能にする技術も普及しつつあり,ウェブGISはその代表である。
一方で,GISの普及がコスト低下につながることも指摘された。学校教育で積極的に導入していけば市場価格が下がるという考えである。実際,現在,教育市場向けのGISソフトウェア価格は1万円ほどにまで下がっており,ソフトウェアに限れば,導入コストの問題は過去のものになりつつある。それだけに重視すべき問題は,人的資源のコストであり,人材育成の方法を考えることの重要性が指摘された。
具体的な問題として,たとえば,中学校社会科教員の問題があげられた。中学校社会科教員の多くは地理採用者が少なく,したがって彼らは地理に興味を持つことが少ない。

2.GISをアピールする方法

「GISの重要性は分かるが,導入目的を明確に提示できない」との意見があった。これを受けて,GISをいかにアピールしていくか議論が進んだ。方策として,
(1)地理情報を地図上に示すことで情報のある地図が持つ力を示すこと
(2)複数の項目の地図表示など今まで苦労していたことが簡単にできることを示すこと
(3)地方の教育センターなどで興味を持つ動きに同調すること
があがった。また,ベドナルズ両氏から,米国では,
(1)GISを詳しく知りたい人用にWebサイトが充実していること,
(2)刑事ドラマの中でGISが事件解決手段として頻繁に登場しアピールされたこと
(3)政府の実益情報がGISで表示され役立っていること
が紹介された。

3.初等・中等教育でGISを教える意義

「大学で教育すれば十分では」という意見があった。これに対して,中高等学校でGISを導入する意義の大きさを訴える意見が多くあった。たとえば,
(1)高校で地理を履修しない大学生が多くて困る。例えば,等温図を見せるだけでは理解しないので,これを描かせる作業をやる必要がある。GISは地理的見方を学ぶ上で有用だ。
(2)レイヤー概念を紙地図で理解させたり,手描きの経験をコンピュータに生かす,といった具合に,大学に入る以前に体験しておくべきことが沢山ある。
(3)GISが大切だということを中高のうちに理解させることが重要。たとえば,アフガン難民キャンプの分布を示すなど。
(4)GISで能動的に学習することは学力向上につながること。
(5)GISは空間をきちっと見ることのできる子どもたちに育てること。
(6)GISは「生きる力」を付けさせることができること。
(7)GISは全科目に通用する人材開発につながるツールであること。
(8)GISはワープロと同じくらい簡単なツールであること。
などである。

4.カリキュラムを組む上での問題

具体的なカリキュラムづくりについて多くの議論がなされた。そもそもカリキュラムでGISをどのように位置づけるかといった問題提起があった。これに対して,生徒を引きつけるにはどうしたら良いか,いくつかの提案があった。たとえば,
(1)美しい主題図が描けることを示すこと
(2)統計書では語れない情報ソースを調べる授業をする
(3)カーナビのように生活に生きているGIS操作を学習させる
(4)理社複合授業のように他教科との連携を教科すること
(5)生徒の興味関心のある分野を探し,それに向かって努力する環境作りをすること
などである。




なお,当日は,100名を越える多数のご参加をいただきました。事前に,愛知・岐阜・三重の3県の小・中・高等学校およそ800校に案内状を郵送したこともあり,数十名の先生方にもご参加いただきました。年末,学期末,のご多忙の最中,本当にありがとうございました。また,ニューズレターや電子メールでのお知らせにとどまったにも関わらず,民間や大学の方々にも多くお集まりいただきました。本シンポジウムのテーマが広く注目されているものであることを改めて確認することができました。ご後援いただいた皆様をはじめ,ご協力いただいたすべての皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

シンポジウム運営担当 名古屋大学地理学教室 奥貫圭一
地理情報システム学会中部地方事務局